節句ってそもそも何?

我が国の現在の暦は太陽暦(代表例:グレゴリオ暦)ですが、もともとは陰暦(太陰太陽暦:月の満ち欠けの周期)を長く採用していました。
世界で最初に陰暦を発見したのは古代シュメール人。彼らがつくり出した「メソポタミア文明」(チグリス・ユーフラテス河岸一帯)は後の世界史に多大なる影響を及ぼしました。そしてもちろんその文明はユーラシア大陸を東へ東へと伝播し、太古の昔より日本列島にも伝えらていました。

我が国は神武東征の頃より稲作の周期で人々が暮らしていたのは有名な話です。
この稲作の”田起こしから収穫~次の田起こしまで”の周期を「一年」と捉える考え方と、メソポタミアの陰暦の影響がうまく混ざり合い、さらに縁起的な考え方(3月3日・5月5日など月日の重なる陰陽的語呂合わせ)が融合したのが、それぞれの季節の節目(稲作の節目)を特に聖別視した日、「節句」なんです。
こんにち的「五節句」の公式化は、元和2年(1616)江戸幕府の制令によって暦の中に正式採用された事に由来するそうです。それ以前の伝統は公家社会(宮中祭祀)の行事や神社の祭りなどに訪ねることが出来ます。
節句は何をする日なの?
「節句日」は文字通り「ふしめのひ」です。
季節の移りかわりを軸とし、それに稲作の作業行程に合わせて「節目」が出来上がっている事からも、それぞれの節目節目に神様にお供え物をし、豊作や日々の無病息災などを祈願する儀式が各地で執り行われました。時代が下がるにつれ、それがやがて行事化(固定化)されるようになり、こんにち特に有名な行事は「国の重要無形民族文化財」指定を受け、古式絶える事無いままに我々に引き継がれていますね。

また、古来神様への供物は「節供」と呼ばれていたことにも由来があるのでしょう。
節目の日を「せっく」と呼び表し、稲作を見守る神々への感謝を伝える日とした・・これが正式な「節句」の意味なのではないでしょうか。
太陰暦と太陽暦のズレについて
- 太陰暦(旧暦)1年=354.3日
- 太陽暦(新暦)1年=365.3日
現在では一般化した太陽暦はほぼ正確な1年を捉えた「365日」であるのに対し、太陰暦は「354日」と、およそ11日もの違い(ズレ)が生じていました。
ここで困るのが稲作に代表される「農耕」でした。
こよみは「閏年」を採用することで調節できますが、農耕はそうはいきません。
モミや種をまき始める頃、収穫を始める頃を捉えるのに実際の1年と最大で1か月以上ものズレ(閏年で調整)が生じたのでは農作業もままなりません。
そのような理由から、実際の1年(季節)と太陰暦のズレを調節する為に編み出されたのが「二十四節気」でした。
旧暦月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
節季 | 立春 | 啓蟄 | 清明 | 立夏 | 芒種 | 小暑 | 立秋 | 白露 | 寒露 | 立冬 | 大雪 | 小寒 |
中気 | 雨水 | 春分 | 穀雨 | 小満 | 夏至 | 大暑 | 処暑 | 秋分 | 霜降 | 小雪 | 冬至 | 大寒 |
もちろん「二十四節気」は太陽の観測から編み出された「季節の節目・農耕の目安」の事です。

昔の日本人は月の観測をもとにした陰暦を採用しつつ、太陽の観測から生まれた二十四節気と、それを補う雑節も用い、稲作をはじめとした農耕の周期を感じ取っていたんだね~。